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2008年10月23日 (木) | 編集 |
2008年10月

بيت لحم‎  لخليل‎
(イスラエル ベツレヘム・へブロン)
660px-Flag_of_Israel_svg.jpg


今日はキリストが生まれ馬小屋(跡地?)があるベツレヘムという町へ行きました。


ベツレヘム…


アラビア語で「肉の家」、ヘブライ語で「パンの家」を意味するそうです。
どっちの家にも住みたくないですね♪


そうそう、クリスマスツリーのてっぺんにつけられる星を
「ベツレヘムの星」と呼ぶそうです。知ってました?

パレスチナ自治区なのでイスラエルの検問がある為パスポート必須。
住民のほとんどがイスラム教徒です。


キリストが生まれたとされる教会は、
2002年に立てこもるパレスチナ人とイスラエル軍の銃撃戦となった場所でもあります。
教会を撃つイスラエル兵に世界はブーイングだったとか。
アメリカがバックについてるイスラエルは好き放題ですね~☆


で、パレスチナ自治区に入ったわけですが…
イスラエルが建てた7メートルもの壁、脅威でした。
監視カメラがたくさんついていました。これもかなり威圧的に見えました。
こんなとこで生まれ育った子どもはどうなるのかなぁ~と思いながら長い壁沿いを歩きました。
(ちなみに欧米人にとってはこの壁も観光地なので陽気にピースして写真撮ってます)



緊張感を持った私たちを迎えてくれたのは…



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悪質なタクシードライバー(激萎)


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一度ベツレヘムに入ってしまうと
周りのアラブ諸国の町並みと変わらず多少活気があるように見えました。
もっと廃墟のようになってしまってると思ったので…


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生誕教会(和名)です~ヽ(・∀・)ノ


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「にじり口」を思わせる小さな入り口!


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教会を見学

キリストが生まれた馬小屋は地下にありました。
子どもの頃読んだ漫画では藁がいっぱいの普通の馬小屋でしたが
この地方の馬小屋は地下にあるそうです…

キリスト教徒がたくさん巡礼に来ていて
涙を流して生まれた地点にひざまずいてキスをしていました。


DSCF8109.jpg
生まれたトコ。
小さな穴が開いているようです。
(バァさんが指を突っ込んでましたw)

自分はキリスト教徒ではないので列に並ぶのを自粛。


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涙して触るバァさん

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ひとりひとりの時間が長いので常に超満員です!


私と一緒に並んでいたのはブラジルから来た
熱心なクリスチャンのツアーグループでしたが
譲り合いの心は微塵もありませんでした☆



DSCF8120.jpg
お祈りする聖職者もたくさんいました


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キリストベイベー
随分とクォリティ低かったです…


地下へ続く階段を発見。


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細い道を進むと…


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小さな礼拝堂がありました

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木彫りのキリスト
しかも真っ黒。味があります~


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更に奥へ続く道が…



(・ω・)ドキドキ


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あれ?

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落書きだらけ…


女子大生がフィレンツェで落書きしたと
バカ騒ぎをしたマスコミを思い出しました…


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この教会も入り口が小さかったです~


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外に出ると目の前にあるミナレットが目に入ります。


お土産屋ではオリーブの木で出来た
クリスマスツリーの飾り(もちろん星型)や


DSCF8145.jpg
キリストベイベー!
いらない…!!(゚Д゚)


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これもお土産屋…?w
やる気あるのかなぁ…


市長によると2006年、ベツレヘムの失業率は65%に達しているそうです。
せっかくなのでブラブラ歩いてみました。

DSCF8147.jpg
いたって普通のアラブ人商店街

DSCF8148.jpg
テロリストカラー緑がありました…

DSCF8149.jpg
シーシャ屋
扉の絵、いいですねぇ。

DSCF8157.jpg
香水屋ですw


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張り紙がいっぱい貼られてました。

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なんだか不安になるビラです…


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ピンク率が高いおもちゃ屋。
アラブ人は子供が大好きだから
おもちゃ屋は繁盛するのかな~


DSCF8158.jpg
「あっ!Fulla(フッラ)ちゃんだ~♪」と飛びついたら
微妙に顔が違います!あれ?


Fulah…フラーちゃん…???


誰だよコレ( ゚Д゚)ゴラァァ


中国製品かなぁ…
こんな商品までパクるのか、中国!


ヘブロンに行く為、セルビス乗り場を探しました。
セルビスで50分ほど(長い検問こみ)のところにあります。
ベツレヘムと同じくパレスチナ自治区です。

ものすっごい迷いまくってなんとか
セルビス乗り場を発見!

DSCF8164.jpg
「ヘブロン」と言ったらすぐに案内してくれました



ユダヤ教とイスラム教の聖地であるマクペラの洞窟へ行きたかったので
前日に何気なくこの洞窟を調べてみると…

昔テロがあったみたいです。
マクペラの洞窟虐殺事件(Wikipedia)より

冒頭を紹介しますと…



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マクペラの洞窟虐殺事件 (マクペラのどうくつぎゃくさつじけん) とは、1994年2月25日にヨルダン川西岸地区南部の都市ヘブロンで発生した大量殺人事件。「アブラハムのモスク虐殺事件」、「ヘブロン虐殺事件」、「プリム虐殺事件」などとも呼ばれる。「マクペラの洞窟」(ヘブライ語: מערת המכפלה‎, ローマ字転写: maarat ha-makhpelah) とは、ヘブロン市内にある洞窟の名で、旧約聖書に記されている最初の人間アダムとイヴや、族長達 (アブラハム、イサク、ヤコブ) とその妻達の墓があるとされる。洞窟には「アブラハムのモスク」が併設され、ユダヤ教徒、イスラム教徒双方にとっての聖地となっている。

事件はユダヤ教徒のプリムとムスリムのラマダーンという双方の祭日が、丁度重なっている時期に発生した。襲撃を実行したのは、バールーフ・ゴールドシュテインというアメリカ合衆国出身で、ユダヤ人入植地キルヤット・アルバ に住む医師だった。ゴールドシュテインはまたイスラエル国防軍の予備役兵で、ユダヤ人の極右思想であるカハネ主義の活動家でもあった。パレスチナ人のムスリム29名が殺害され、125名が負傷し、ゴールドシュテイン自身もその場で殺された。事件後、中東各地で暴力的な抗議活動が発生し、衝突や襲撃などでイスラエル人、パレスチナ人双方に多数の死者が出た。
-------------------------


((;゚Д゚))ガクガクブルブル   


Kさんと発見した時は「行けるのか…?」と若干不安になりましたが
宿の人達はこのテロを知ってか知らずか普通に行ってたので
とりあえず行ってみることにしました。


DSCF8174.jpg
ヘブロンに到着。
終点で降りてすぐのスークを歩いて約1キロ半のところにあります。



DSCF8183.jpg
ヘブロン猫


メインのスークは思ったより開いていましたが客はいません。
イスラエルが壁をつくり隔離したせいで観光客がぐっと減り
生活できなくなっているそうです。
そして商店に石やビンを投げて嫌がらせをしたり
銃で撃ったり爆弾を投げ込んでどんどん閉鎖に追いやったそうです…イスラエル…(゚Д゚)

モスクを一本外れると商店はほとんど閉まっていて廃墟のような町でした…
突然やってきたイスラエル人50人ほどの入植地がある為、
そこら中にイスラエル兵が機関銃を構えていていつでも撃てるようにしています。
写真撮影が禁止されている場所が多いらしく、
カメラを出すとすぐに発砲できるようにしてある銃を向けられるらしいので
恐ろしくて撮影できませんでした。


パレスチナ人がイスラエル兵に銃を向けられ怒鳴られている姿をみました。
こっちはドキドキでその様子を見ていましたが
パレスチナ人には日常茶飯事のようで銃を向けられても激しい言い争いになっていました。


マクペラの洞窟はイスラム教側とユダヤ教側を壁で分けていて
衝突が無いように入り口がかなり離れています。
入るまでに何箇所もチェックポイントがあり
そこには常に大きな銃を持った兵士が何人もいて
荷物チェックとボディチェックをします。
日本のパスポートを見せると笑顔で入れてくれましたが、
一緒に来たパレスチナ人は軍人にめっちゃ怒鳴られていました。

元々住んでいた人達なのに…
パレスチナ人自治区なのに…
こっちはイスラム教のモスクなのに…


中に入ると普通のモスクと変わりませんでした。

DSCF8186.jpg DSCF8200.jpg
イサクとヤコブの墓(多分)

DSCF8203.jpg
こっから覗くと地下にお墓が…
ろうそくの火の光で少し見えました。


数人のムスリム親子が来ていて
和やかに時間を過ごしていました。
みんな笑顔で私たちを迎えてくれました。

DSCF8191.jpg
なぜか母親に子どもを託されたので遊んできました。

係のおじさんがどこに誰の墓があるのか親切に教えてくれました。アブラハム~!
写真撮影してもいいよと言われたので帰国したらまとめてアップしようと思ってたのに、いざしてみたらどの墓が誰のか忘れました…


とことこ歩いていると、パレスチナ人の青年に声をかけられました。
一人で勝手に喋っています。
ガイドか…?と不審な目で見ていましたが悪い奴じゃなさそうです。

言われるがままについていくと彼のお家の屋上へ案内されました。
街が一望できる屋上です。


そして山の方を指差し
「あそこに50人くらいのイスラエル人が入植している。働いていないんだよ。軍人がたくさん町に入ってきたんだ。イスラエルの旗が家に立っているだろう?あそこにはもう入れないんだ。ここはパレスチナ人の町だったけどみんなイスラエル兵に撃たれたり爆弾を投げられて追い出された。店も全部閉まった。目の前のマーケットは4年前に閉じた。メインストリートだったところもイスラエル兵によって2キロ先まで店が閉まっている。」
と悲しそうに説明してくれました。
確かに屋上から見るとずっと先まで店が閉まっていて異様な光景です。
イスラエルの監視塔もいたるところにあります。

パレスチナ人の青年は色々と話を聞かせてくれました。

DSCF8213.jpg
ここはずーっと商店が並んでいたそうです。
今は完全に廃墟。
イスラエル兵が目を光らせています。


DSCF8219.jpg
アラブ人が自由に歩き回ることは出来ません

DSCF8220.jpg
兵士が銃を持って見張っています

DSCF8216.jpg
アウシュビッツの時といい、
このマークを見ると反射的に気分が沈みます。


私たちはショボ-ンとしてエルサレムへ帰ろうとしましたが…


まだマクペラの洞窟のユダヤ教側(シナゴーク)を見てないと思い
せっかくなので行ってみることにしました。
相変わらず軍人は笑顔で私たちを通してくれます。


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こんな建物…って思っちゃうけど
すごい聖地なんですよね…信じられません。

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入植者なのか、外からきたのか…

アラブ人に対するあんな酷い話を聞いたあとだと
ユダヤ人を温かい目で見ることができません!


久々にシナゴークに入りました。

DSCF8230.jpg
お祈りの部屋が並んでいてユダヤ教の人達が
何度もお辞儀をしてひたすらお祈りをしていました。


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出口でユダヤ教のジィさまにお菓子をすすめられました。

ほどこし的なやつ?


イスラエルに対して複雑な気持ちになってしまった私が困っていると
Kさんは「サンキュー」と速攻受け取っていました。


さっきあんな話聞いたばかりなのに…図太い奴だZE(σ・∀・)σ



甘いものが嫌いな私もすぐに受け取りました( ´_ゝ`)  
2人で熱い紅茶までいただいてシナゴークをあとにしました。



DSCF8238.jpg
薄暗いアラブ人地区を歩くと
またしても複雑な気持ちになってしまいました。

ユダヤ人めぇ~!


DSCF8244.jpg
フェンスがあったので近づいてみると、
そこはアラブとユダヤの境界線でした。


DSCF8246.jpg
フェンスの向こうには紫苑の国旗が…


DSCF8243.jpg
たまたまこの表情なのか…
それともこの環境のせいなのか…
子供がこんな顔してるのは切ないです。


DSCF8249.jpg
廃墟化した商店街

DSCF8251.jpg
お店は全部シャッターが閉まっていて
人も歩いていなく静まり返っていました。




パレスチナ人自治区に行って良かったと思います。






明日からヨルダンですヽ(・∀・)ノ ワチョーイ♪
さよならイスラエル!もう二度と戻ってこないZE!
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