末っ子根性DE生きてます@毒人参。

海外女一人旅と趣味の裁判傍聴がドッキング☆海外の裁判所巡りは命がけで〜す♪

今日はキリストが生まれ馬小屋(跡地?)があるベツレヘムという町へ行きました。
クリスマスツリーの頂点につけられる星を「ベツレヘムの星」と呼ぶそうです。

パレスチナ自治区なのでイスラエルの検問がある為パスポート必須。
住民のほとんどがイスラム教徒です。


キリストが生まれたとされる教会は、
2002年に立てこもるパレスチナ人とイスラエル軍の銃撃戦となった場所でもあります。
教会を撃つイスラエル兵に世界はブーイングだったとか。
アメリカがバックについてるイスラエルは好き放題ですね〜☆


で、パレスチナ自治区に入ったわけですが…
イスラエルが建てた7メートルもの壁、脅威でした。
監視カメラがたくさんついていました。これもかなり威圧的に見えました。
こんなとこで生まれ育った子どもはどうなるのかなぁ〜と思いながら長い壁沿いを歩きました。

一度ベツレヘムに入ってしまうと
周りのアラブ諸国の町並みと変わらず多少活気があるように見えました。
もっと廃墟のようになってしまってると思ったので…


キリストが生まれた馬小屋は洞窟の中にありました。
子どもの頃読んだ漫画では藁がいっぱいの普通の馬小屋でしたが
この地方の馬小屋は洞窟の中にあるそうです…


キリスト教徒がたくさん巡礼に来ていて
涙を流して生まれた地点にひざまずいてキスをしていました。



ゆっくり教会を見学したあとはヘブロンという町へ移動しました。
セルビスで50分ほど(長い検問こみ)のところにあります。
ベツレヘムと同じくパレスチナ自治区です。

ユダヤ教とイスラム教の聖地であるマクペラの洞窟へ行きました。
前日に何気なくこの洞窟を調べてみると…

昔テロがあったみたいです。
マクペラの洞窟虐殺事件(Wikipedia)より

冒頭を紹介しますと…

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マクペラの洞窟虐殺事件 (マクペラのどうくつぎゃくさつじけん) とは、1994年2月25日にヨルダン川西岸地区南部の都市ヘブロンで発生した大量殺人事件。「アブラハムのモスク虐殺事件」、「ヘブロン虐殺事件」、「プリム虐殺事件」などとも呼ばれる。「マクペラの洞窟」(ヘブライ語: מערת המכפלה‎, ローマ字転写: maarat ha-makhpelah) とは、ヘブロン市内にある洞窟の名で、旧約聖書に記されている最初の人間アダムとイヴや、族長達 (アブラハム、イサク、ヤコブ) とその妻達の墓があるとされる。洞窟には「アブラハムのモスク」が併設され、ユダヤ教徒、イスラム教徒双方にとっての聖地となっている。

事件はユダヤ教徒のプリムとムスリムのラマダーンという双方の祭日が、丁度重なっている時期に発生した。襲撃を実行したのは、バールーフ・ゴールドシュテインというアメリカ合衆国出身で、ユダヤ人入植地キルヤット・アルバ に住む医師だった。ゴールドシュテインはまたイスラエル国防軍の予備役兵で、ユダヤ人の極右思想であるカハネ主義の活動家でもあった。パレスチナ人のムスリム29名が殺害され、125名が負傷し、ゴールドシュテイン自身もその場で殺された。事件後、中東各地で暴力的な抗議活動が発生し、衝突や襲撃などでイスラエル人、パレスチナ人双方に多数の死者が出た。
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((;゚Д゚))ガクガクブルブル   


Kさんと発見した時は「行けるのか…?」と若干不安になりましたが
宿の人達はこのテロを知ってか知らずか普通に行ってたので
とりあえず行ってみることにしました。


スーク(市場)を歩いて約1キロ半のところにあります。

メインのスークは思ったより開いていましたが客はいません。
イスラエルが壁をつくり隔離したせいで観光客がぐっと減り
生活できなくなっているそうです。
そして商店に石やビンを投げて嫌がらせをしたり
銃で撃ったり爆弾を投げ込んでどんどん閉鎖に追いやったそうです…イスラエル…(゚Д゚)

モスクを一本外れると商店はほとんど閉まっていて廃墟のような町でした…
突然やってきたイスラエル人50人ほどの入植地がある為、
そこら中にイスラエル兵が機関銃を構えていていつでも撃てるようにしています。
写真撮影が禁止されている場所が多いらしく、
カメラを出すとすぐに発砲できるようにしてある銃を向けられるらしいので
恐ろしくて撮影できませんでした。


パレスチナ人がイスラエル兵に銃を向けられ怒鳴られている姿をみました。
こっちはドキドキでその様子を見ていましたが
パレスチナ人には日常茶飯事のようで銃を向けられても激しい言い争いになっていました。


マクペラの洞窟はイスラム教側とユダヤ教側を壁で分けていて
衝突が無いように入り口がかなり離れています。
入るまでに何箇所もチェックポイントがあり
そこには常に大きな銃を持った兵士が何人もいて
荷物チェックとボディチェックをします。
日本のパスポートを見せると笑顔で入れてくれましたが、
一緒に来たパレスチナ人は軍人にめっちゃ怒鳴られていました。

元々住んでいた人達なのに…
パレスチナ人自治区なのに…
こっちはイスラム教のモスクなのに…


中は普通のモスクと変わりませんでした。
数人のムスリマ親子が来ていて和やかに時間を過ごしていました。
みんな笑顔で私たちを迎えてくれました。
子どもと遊んできました。

係のおじさんがどこに誰の墓があるのか親切に教えてくれました。アブラハム〜!
写真撮影してもいいよと言われたので帰国したらまとめてアップします〜


とことこ歩いていると、パレスチナ人の青年に声をかけられました。
一人で勝手に喋っています。
ガイドか…?と不審な目で見ていましたが悪い奴じゃなさそうです。

言われるがままについていくと彼のお家の屋上へ案内されました。
街が一望できる屋上です。


そして山の方を指差し
「あそこに50人くらいのイスラエル人が入植している。働いていないんだよ。軍人がたくさん町に入ってきたんだ。イスラエルの旗が家に立っているだろう?あそこにはもう入れないんだ。ここはパレスチナ人の町だったけどみんなイスラエル兵に撃たれたり爆弾を投げられて追い出された。店も全部閉まった。目の前のマーケットは4年前に閉じた。メインストリートだったところもイスラエル兵によって2キロ先まで店が閉まっている。」
と悲しそうに説明してくれました。
確かに屋上から見るとずっと先まで店が閉まっていて異様な光景です。
イスラエルの監視塔もいたるところにあります。


パレスチナ人の青年は色々と話を聞かせてくれました。



私たちはショボ-ンとしてエルサレムへ帰ろうとしましたが…


まだマクペラの洞窟のユダヤ教側(シナゴーク)を見てないと思い
せっかくなので行ってみることにしました。
相変わらず軍人は笑顔で私たちを通してくれます。


久々にシナゴークに入りましたが
ユダヤ教の人達が何度もお辞儀をしてひたすらお祈りをしていました。


出口でユダヤ教のジィさまにお菓子をすすめられました。
ほどこし的なやつ?
イスラエルに対して複雑な気持ちになってしまった私が困っていると
Kさんは「サンキュー」と速攻受け取っていました。
さっきあんな話聞いたばかりなのに…図太い奴だZE(σ・∀・)σ



甘いものが嫌いな私もすぐに受け取りました( ´_ゝ`)  


お茶までいただいてシナゴークをあとにしました。






パレスチナ人自治区に行って良かったと思います。






明日からヨルダンですヽ(・∀・)ノ ワチョーイ♪
さよならイスラエル!もう二度と戻ってこないZE!
今日はユダヤ教の宗教ホリデー。


という事で、昨日の午後から観光するようなとこはほとんど閉まってます。
バスは動きません。
あぁ〜不便。

朝にヨルダンを目指した旅人が国境が閉まってて追い返されたと戻ってきました。
自分はあぁならないといいなぁ…

身動きのとれない旅行者が宿でダラダラ過ごしていました。
私もそのひとりです(・∀・)


今日はチャイを飲みながらゴロゴロして読書。
宿には旅人が置いていった小説が何冊かあります。


先日、白洲正子の本を読み終えたとこです。
今はゴルゴ並に男くさい小説を読んでいます。
旅に出ると普段読まない本を読むので刺激になります。



あ、今日は何もしなかったわけではなかった。
エルサレムの城壁の外にあるオリーブ山に登りました。
なんか聖地みたいですよ。

ただのオリーブ山にしか見えないんですが…
なんといつの日か現れるであろうメシアがこのオリーブ山に降り立って
トコトコ歩くかは知りませんが唯一閉鎖しているゴールデンゲートを通って
やってくると言われているそうです。
(なんか微妙に違うかもなので軽く流してください〜)

ユダヤ教徒もキリスト教徒もメシアが来るのを待ってるみたいですよ。
来るんですかね〜メシア。


今日はやることないから救世主ごっこをしに行こう!と軽いノリで行ったら
60度くらいの長い坂道で頂上でバテました…


メシアにはゴールデンゲートへ行く前に
ぜひこの上り坂を経験してもらいたいです。



明日はキリストが生まれたあの馬小屋跡地に行ってきま〜す
地味にパレスチナ自治区なのでパスポート必須だそうです〜
ホントややこしい国です!
「カム ヒア プリーズ」が今Kさんとの間で流行っています。
空港で言われたあの緊迫感、女兵士、
そしてセキュリティーのイントネーションが耳に残って離れません…


そういえば、今までの旅行を通して
基本的に日本パスポートはどこでも問題なく入れると感じていましたが
なんであんなにテルアビブ空港で厳しい扱い(まだまだ甘い方だけど)
を受けたんだと疑問に思っていました。


Kさんに教えられ納得しましたが
数十年前、日本人がこの空港でテロを起こしてたんですね…勉強不足でした。
中東ではたまに喜ばれる「レッド アーミー」
そうか、だから日本人はどっちかって言うとアウトなのか。
堂々と「日本人」って答えちゃったよー
何千人ものユダヤ人を救った某国の日本大使よりレッドアーミーなわけね。


で。
サッカーのイスラエルリーグを観にテルアビブへ泊りがけで遊びに行きました〜
エルサレムから乗り合いタクシーで50分、7ドルくらいです。


テルアビブは街のすぐ近くに地中海があります。
ビーチ!ビーチ!ビーチ!
ネットで天気予報をチェックしたら気温が高かったのでまだ泳げるのでは…と思い
イビサセット(水着、浮き輪、ゴーグル、水鉄砲)を持って行きました〜


テルアビブ暑かったです!
海で遊びました〜ヽ(・∀・)ノ ワチョーイ♪
波があった!魚見えた!ハァハァ


楽しかったです。



あまりに楽しくてここはイスラエルというのを忘れて1泊延長しました。
あっという間にお金がなくなりました。


でもテルアビブ楽しかった。
ユダヤ教の休息日と思いっきりかぶって店はほとんど閉まってたけど
それでもエルサレムの10倍(大して変わらないけど)は良かった。

街にポリスどころか兵士は全然いないし
ユダヤ教独特のモミアゲの長い男(モミーと呼んでます。子供の時はチビモミ、コモミー)や
後頭部に小さい帽子を乗せた男や(小帽子と呼んでます。子供の時はチビ小帽子)
毛皮の大きな帽子を乗せた男(デカ帽と呼んでいます。これは大人のみ)
の姿を見る事が皆無に等しかった!

これには驚きました。


エルサレムに戻るとまたモミー親子やデカ帽だらけになったので
「これはもしや政府が雇ってるサクラでは…」と思わず疑ってしまいました。



いつの日か(帰国したら)写真アップしたいです☆



ではでは〜ヽ(・∀・)ノ
バルセロナから飛行機で約4時間、
イスラエルの(国際的に認められてる)首都、テレアビブに到着しました。
夜中の3時半です。

いやぁ入国するまでイスラエルの首都ってエルサレムだと思っていましたが
それってイスラエルが勝手に主張していただけなんですね!
国際的に認められた首都ってなんなんすか。ややこしい。


嫌われ者イスラエルを入国する際の伝説を色々と聞いていますが 
(入国審査に6時間かかった、荷物全開けはもちろん、裸にされてボディチェック、スタンプ押さないでって泣いて頼んでもokと笑顔で押されたなどなど)



ドキドキしながらテレアビブに到着。
飛行機を降りてすぐ、私たちだけセキュリティに呼び止められました。



「パスポートを出せ」




きた…
((;゚Д゚))ガクガクブルブル   



「お前達イスラエルへ何しに来たんだ」
私のパスポートをパラパラめくりながら聞いてきました。


「観光」と答えても「なぜ?」と返ってきます。観光は観光だよ!
中東スタンプを見つけすかさず
「シリアに何しに行った」「イランで何してた」「ローカルの友達はいるのか」
と、ガンガン攻めてきます。


ドキドキしながら答えていたら、10分ほどで開放されました。
私、飛行機降りたときからトイレに行きたくて行きたくて仕方なかったので
質問されてるときに「トイレに行きたいんだけど…」とお願いしたら
「女は我慢できるはずだ」と女セキュリティにあっさり却下されました(゚Д゚)

何それ…




同行してたKさんと
「でもシリア、イランのスタンプ見てあの程度なら意外と入国楽勝じゃない?」
とヘラヘラしながら入国ゲートへ行きました。


このあとレバノン、シリア、イエメンに行きたい私達は
イスラエルの入国スタンプがあるとその国に入れないので
「ノースタンプ プリーズ」とパスポートを出しました。

係りの女性はまずKさんのパスポートを開きました。
そして絶句。

Kさんのパスポートにはイスラエルと仲の悪いシリアスタンプが沢山あります。
更に常にピリピリ常態のレバノンスタンプも。
絶対入国できないだろうって代物です☆

いつものように「何をしに来たのか」「レバノンは何しに行ったのか」「なぜ何度もシリアに行ってるんだ」と質問攻め。
Kさんはうまく答えていました。


…が。
係りの女性の険しい表情は変わりません。
入国ゲートは私達だけになってしまいました。

セキュリティがやってきました。
係りの女性が苦笑いでKさんのパスポートを見せます。
「シリア、レバノン」と聞き取れたので問題あるのは間違いなしです。


そして…

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